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教材発見 旋律、音色〈音楽の中に隠されたユーモア〉
サン=サーンス:組曲《動物の謝肉祭》

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このコンテンツは月刊「音楽鑑賞教育」掲載記事のアーカイブです。執筆当時の時代背景、表現、考えに基づいた記事であることをご了承の上、ご利用ください。記事に対するご意見やお問い合わせは音鑑事務局にお願いします。

渡邊 學而(音楽評論家)
月刊「音楽鑑賞教育」2007年7月号掲載

サン=サーンス組曲《動物の謝肉祭》は、全14曲から成るが、各曲が非常に短いことと、明確な特徴を備えていることで、教材性の高い楽曲だといえるし、実際に学校の現場でも、かなり使われていると思う。

先生方もいろいろと工夫して指導されているであろうが、その使い方により、さらに子どもたちの興味を引き出すことができるであろう。


たとえば、まず第4曲『亀』。この曲は、弦楽器が演奏する「かめ」の主題が、オッフェンバックの喜歌劇《天国と地獄》の中の「カンカン踊り」の音楽から採られていることは、周知のとおりである。要するに、「のろま」の「かめ」を速い動きによる華やかな踊りの音楽を用いてからかっているわけで、そのおもしろさを実感するには、この曲と「カンカン踊り」の音楽(序曲の中にも使われているから録音はたくさんある)を比較して聴く必要がある。その時、どれくらい速さが違うのかをより明確に知るためには、「かめ」に使われている「カンカン踊り」の最初の16小節のメロディーの部分だけを取り出して、両者のその部分を比較して聴かせると、さらによくわかると思う。

また、この曲でもう1つおもしろいことは、ピアノが3連音符の連続で伴奏をしていることである。要するに、この3連音符の中にメロディーの8分音符2つが入ることによって、非常に不安定な感じがするわけで、実際に子どもたちにも、2つのグループに分かれてこの2つのリズムを一緒にやらせてみると、おもしろいと思う。


次に、第5曲『象』。サン=サーンスは、体の大きい象を表わすのに、弦楽器の中では一番大きいコントラバスを使ったことは、誰にでも納得できることだが、そのコントラバスで、3拍子のワルツを演奏させているところがおもしろい。当時ワルツは、ウィーンを中心に流行していたウィンナ・ワルツのように、非常に速いテンポで軽やかに踊られるものだったから、超重量級の象にワルツを躍らせるという発想は、なかなかおもしろいと思う。

しかし、この曲のおもしろさは、それだけではなく、このワルツの旋律の中間に現れる2つの短いモチーフにある。ひとつは、2回繰り返される4小節の短い旋律(譜例1)で、これはベルリオーズの《ファウストの劫罰》の第2部の最後のところで、メフィストフェレスがファウストを眠らせて、夢の世界に誘うときに、妖精たちが踊る音楽なのである。もう1つは、メンデルスゾーンの《真夏の夜の夢》の中のスケルツォの断片(譜例2)で、これも妖精たちの戯れとかささやきを表わした音楽である。要するに、重たい象を、ほとんど重さのない、宙に舞っているような妖精の音楽で表わしたサン=サーンス一流のユーモアなのである。

楽譜

次に、第9曲『森の奥に住むカッコウ』。じつは、「カッコウ」の鳴き声は、音型的にも単純でわかりやすいために、むかしからいろいろな音楽の中に採り入れられている。だからこの曲を聴けば、誰でも「カッコウ」が鳴いていることはわかるであろう。ただここで重要なのは、「森の奥に住む」という感覚である。これは情景を想像することだから客観性はなく、必ずしも誰もがそう思うわけではない。しかし非常に静かな自然の中で、しかも遠くから聴こえてくるという情景は、ある程度感じ取れるのではなかろうか。そしてクラリネットで奏している「カッコウ」の鳴き声とともに、全体の静かな情景を2台のピアノで表現していることに注目させると、ピアノという楽器の表現力についても考えさせる教材になるように思う。

なお、これと同じような情景を表わした音楽に、イギリスの作曲家ディーリアス(1862~1934)の小管弦楽のための2つの小品の第1曲『春初めてカッコウを聞いて』(マリナー指揮 アカデミー室内管弦楽団 PHCP-11072 ほか)という曲がある。とくに中学生などには、関連教材として聴かせてもおもしろいと思う。


もう1曲、第11曲『ピアニスト』。サン=サーンスは、ピアニストという人間まで動物の仲間に入れているのだが、それはほとんど才能もないのにピアニストになれるつもりで、一生懸命練習に励んでいる人を皮肉っているとみてよかろう。これは2人のピアニストの練習だが、ここでは無味乾燥な音階練習ばかりやっている無能なピアニストを表現しているので、それだけでも大いに皮肉であるのに、たとえばマルタ・アルゲリッチとネルソン・フレーレの演奏のように、演奏者によっては、さらにリズムを乱したり、2台のピアノがまったく揃わない演奏で、そのことを強調しているものもある。これなど、2人の名ピアニストが敢えて下手に弾いているところに、何とも言えぬユーモアが感じられる。

なお、組曲《動物の謝肉祭》の録音には、各パート1人ずつの室内楽用の版と、管弦楽用の版とがある。その演奏にもよるが、どちらかというと室内楽用の版の方がよいと思うし、そのよい演奏には、前述したアルゲリッチとフレーレをはじめ、ヴァイオリンのギドン・クレーメル、チェロのミッシャ・マイスキー、フルートのイレーナ・グラフェナウアー、クラリネットのエドゥアルト・ブルンナー、その他(PHCP-20217)などの演奏がある。

参考資料(YouTubeリンク)

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