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Report & Information 2008年12月

GLOBAL 森重行敏

〈BOOK & CD & DVD〉
キリシタンと西洋音楽
キリシタンと西洋音楽

横田庄一郎著 (朔北社 本体2,400円+税)

 本書は2000年の発行であるが、先月本欄で取り上げた『おわらの恋風』著者による関連する著作として、かつて本欄には登場していなかったのでここであらためてご紹介したい。
 洋楽と日本のかかわりは実は明治の学校教育に始まったのではなく、軍楽隊や讃美歌という前史があったことは当欄でも何度か触れたことがあるが、もっとも注目すべきはキリシタン音楽であったのかもしれないということだ。信長や秀吉が洋楽を聞いたらしいということは知られていたが、当時の宣教師の日記類が次々と公開されたことにより、その詳細も明らかになってきた。思えば歌舞伎の発祥時にも出雲のお国らの洋装が指摘されている。歌舞伎とオペラは思わぬところでつながっていたのかもしれない。本書はそうした記録の再検討と同時に、時代を超えて通底する日本文化のあり方についても冷徹に分析している。著者いわく「和魂洋才」はもはや過去のもので、今や「無魂洋才」なのではないか。その指摘が言い過ぎであると否定できないことに戦慄も感じる。


世界なるほど楽器百科
世界なるほど楽器百科

ヤマハミュージックメディア編 小林俊司、山川直治、若林忠宏監修 (ヤマハミュージックメディア 本体2,000円+税)

 朝日小学生新聞の連載記事に加筆、修正してまとめられたもの。コンパクトな装丁ながら、監修者の顔ぶれも一流で、浜松市立楽器博物館の資料写真も多く掲載されたおすすめの一冊。子ども向きだからこそ、解説の文章の文体の設定に苦慮した雰囲気は伝わる。ただし、西洋、日本の音楽に続く第三章が「いろんな音楽の楽器」とあるのは余りに口語体すぎないだろうか。「いろいろな…」で不都合があるとも思えないが…。


響─和楽器による現代日本の音楽
響─和楽器による現代日本の音楽

(日本伝統文化振興財団 VZCG-8405~7 3枚組 5,000円)

 1970年に発売されたレコードの復刻盤。現代邦楽というジャンルが誕生した60年代の成果が結集した内容。邦楽4人の会、日本音楽集団をはじめとする往時のトップメンバーによる演奏で、清瀬保二、伊藤隆太などの大御所から武満徹に至る13名の作曲家を網羅している。このところ同財団からはCDによる過去の遺産の復刻がすすんでいる。もはや配信による音楽享受が主流となりつつある昨今だからこそ、音楽遺産のCD化もそろそろ最後のチャンスなのかもしれない。


南洋へのまなざし~パラオと小笠原の踊りと古謡
南洋へのまなざし~パラオと小笠原の踊りと古謡

(日本伝統文化振興財団 VZBG-30 4,200円)

 毎年ユニークな企画が際立つ、東京の夏音楽祭2007の記録。太平洋の島々には世界各地の文化が影響を与え、日本文化もまたそのひとつである。概して文化の輸入超過が特徴の日本ではあるが、戦前までの南への影響についてはもっと知られなければいけないのかも知れない。

SCHOOL 佐野靖

〈BOOK REVIEW〉
すべては音楽から生まれる:脳とシューベルト
すべては音楽から生まれる:脳とシューベルト

茂木健一郎著 (PHP研究所 本体680円+税)

 脳科学者の著者によれば、1000億個の神経細胞の活動が互いに響き合って意識を創り出す様子は、「オーケストラの様々な楽器が力を合わせて1つの音楽を生み出すプロセスに似ている」という。音楽を聴く時、脳の「内なるシンフォニー」は、外からの音の刺激、「外から来るシンフォニー」とすばらしい出会いを果たす。脳の神経細胞が奏でる内なるシンフォニーは、さまざまなジャンルの音楽体験の積み重ねによって、そのダイナミック・レンジが広がり、次第に深く豊かなものになっていくのである。

 この内なるシンフォニーの響きを高めるのに、「生の演奏を聴くこと」ほど大切なことはないというのが、本書を貫く信念である。「経験」や「鮮烈な記憶」は育ち続けると主張する著者によれば、経験や記憶の成長は、「実体験という土台」なくしては生まれない。記憶のもとになる体験が豊かであればあるほど、育ちの可能性は大きくなり、感受性が磨かれて創造的な存在となっていく。「ライブ=生演奏を聴く大切さ」が強調されるゆえんである。

 「時間芸術」である音楽では、演奏を聴いた時の感情は二度と戻ってくることはないが、「思い出して育てることで、自分のものとしてとっておくことができる」。つまり「消え去った音楽はゼロになるわけではなく、残る」のである。しかもライブでは、次に発せられる音を息をつめて待っている。その緊張感こそが脳を能動的な状態にする。生まれた感動には能動性があり、「能動的、主体的な感動は、自分自身の経験として残り、育まれ、確固としたものになる」。いうまでもなくライブの鑑賞は、創造的な営みそのものなのである。

 「耳をすます」ということを「『私は○○を感じる』という主観性をさらに奥底まで掘り下げていく手段」ととらえる著者によれば、「耳をすます」は、新しいことを「発想する」と同義である。外界の音を聴くことは、「同時に、自分の内面に耳をすませ、なにがしかの意見や考えを発している」ことであり、「自分の内面にある、いまだ形になっていないものを表現しようとする行為に等しい」ことなのである。

 5章構成の本書は、シューベルトをはじめとしたさまざまな作曲者、作品との著者自身の出会いの経験に基づいて綴られているが、「音楽の体験を積み重ねることこそが、生きることの充実につながる」という本書の主張は、音楽教育にかかわる者にとっては、この上なく勇気づけられる言葉である。

 最後に、第5章のルネ・マルタンとの「特別対談」から、マルタンの印象深い言葉を紹介しておく。「アーティストというのは、『なにかをキャッチする力』を持った人間です。身のまわりで起きていることを、常に観察している人たちなのです。加えて、アーティストというのは、生きるために他者を必要としている人たちでもあります。だから、作品を通して『なにか』を提案するのです。であればそれは、必然的に、人が『生きやすくなるための提案』であるはずです。」

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