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Report & Information 2007年9月

GLOBAL (森重行敏)

【BOOK】西洋音楽からみたニッポン

石井宏著 (PHP研究所 1,500円+税)

 前著〈反音楽史〉でドイツ偏重の音楽史に猛然と叛旗をひるがえし、山本七平賞を受賞した著者による、今度は日本語と日本音楽再認識論。あとがきによると、著者は楽器販売、映画買い付け、輸入業、演奏家の呼び屋などの仕事に携わり、欧米と日本の文化の違いを文字どおり最前線で実感していたとのこと。そこで得た教訓は、文化が違えば「物差し」が違うということがお互いに理解されていないということ。そうした原点に立ち返って、日本語の歌と洋楽との違い、唱歌から歌謡曲、フォークなどにおけるの日本語の扱い方の変化などをわかりやすく論じている。また、フォスターの哀愁を帯びた旋律が日本人には好まれるが、実はその背景となったかつてのミンストレルショーが白人が黒人に扮して芸を見せるという倒錯したものであり、黒人なまりの英語を模して作られた歌詞にしても、現在では差別的な存在として否定されるべきものと考えられているという指摘は、確かに目からうろこのような正論。日本の音楽教育に一番欠けているものは、音楽が社会活動の一環であるという視点であることで、芸術は社会制度と無縁のものであるべきという考えはもはや通用しないであろう。巻末では、個性尊重を標榜しながらも一方で管理強化を打ち出している教育界の現状にも鋭く警鐘を鳴らしている。

【BOOK】シルクロードと世界の楽器

坪内栄夫著 (現代書館 2,000円+税)

 日本の楽器の多くがその起源を訪ねればシルクロードを経て中国に花開き、そして日本にもたらされたものであることは論を俟たない。その意味でも東西の楽器は多かれ少なかれ親戚関係にあるものが多く、決して互いに孤立したものではない。こうした本来きわめて当然のことが従来あまり認識されて来なかったとしたら、それは日本の音楽教育にもいくらかの責任があるのかもしれない。言い方を換えれば、洋楽の優位性を唱えるクラシック至上主義と邦楽の尊重を固守する伝統主義とが、余りに乖離してしまっていたことによるのだろう。本書の著者がまず「まえがき」で訴えているのはあらゆる音楽の融合の可能性である。著者も指摘するように、田辺尚雄、田中正平、小泉文夫などの理論家や宮城道雄に代表される演奏家、作曲家にもこうした東西の融合を成し遂げた例は少なくない。ただそれが一部の天才や偉人の成せる特殊な業とみなされているとしたらきわめて不幸なことであろう。これからの音楽にとって必要なことは、もっと多くの人々が本来当たり前のこととして、東西の楽器に親しみ、より幅の広い音楽性を身に付けていくことではないだろうか。神戸市の職員という肩書きながら、長年にわたり東西の楽器について見識を深めてきた著者による、明快かつ奥の深い楽器入門書となっている。浜松市立楽器博物館の協力により写真が多く掲載されているのも特筆すべき。

SCHOOL (佐野靖)

【BOOK】共感――育ち合う保育のなかで――

佐伯胖編 (ミネルヴァ書房 1,800円+税)

 今、教育の世界が「とてつもない混乱」に陥っていると危惧する編者は、その根本原因を「共感性」の喪失と断言する。ここで言う「共感」とは、「『他』(者でも、物でも、事でも)との関係を見いだし、関係をつくり、そして関係の中に生きること」であり、編者によれば、「本来、人が『知る』ということ、『行為する』ということの根底には、『共感』があるはずですし、そこから出発すれば、『学ぶ意欲』も、『する意欲』もわき起こってくる、というより、まさにそのかかわる『他』によって喚起され、引き出されるはずなのです」。

 そうした根底にあるべき「共感」が喪われつつある今こそ、「共感」に目を向けなければならないと訴える本書は、全五章から構成されている。

 編者の佐伯自身が執筆した第1章では、ヴィゴツキーやトマセロの理論などがわかりやすく解説され、それらを踏まえた「擬人的認識論」や「発達のドーナッツ論」が展開される。そして、人や事物への「自己投入」によって世界を「知る」知性のことを、佐伯は「共感的知性」と呼ぶ。

 「共感性」を発達の軸として考え直し、保育や教育において共感性の育成こそを中心に据えるべきだと主張する佐伯は、この章のまとめとして、発達研究の関係論的組みかえを提唱する。つまり、発達は関係のなかで生起するものであり、発達するというのは関係性の広がりを意味するのである。発達を「かかわる世界の広がり」ととらえる佐伯は、個体のもっているものがそのまま「能力」として現われたとみなすのではなく、常に周辺との「関係の変容」に注目する必要性を強調する。

 続く第2章では、乳幼児同士のかかわりの構築過程における「共振の役割」について、事例を通した考察が行なわれる。「共振」から「共感」への育ちが実証的に述べられ、乳児保育の意義の再考が提唱される。

 自閉傾向のある子どもとの関係づくりを取り上げた第3章では、視線や身体感覚などを「『共に』する『共感』」、すなわち「共感的他者」の重要性が浮き彫りとなる。子どもたちは、共感的他者との出会いによって、今度は自分たち自身が共感的他者となり、相手と「共に」の世界をつくり出すための協働をはじめる、という。さらに、第4章では、保育の場における保育者の育ちの根幹に「共感的知性」があることが明らかにされ、第5章では、子育て支援をめぐる親との関係づくりを含めて、多様な他者の育ち合いを支える「対話」に焦点が当てられる。

 第2~5章では、保育の実践現場のさまざまな場面に潜んでいる「共感」が取り上げられ、数多くの「エピソード」の記述・分析や「インタビュー」によってそれらの意味が明らかにされる。場面のコンテクストをていねいに読み解きながらの考察は、説得力があり、かつわかりやすい。

 保育や教育の実践者、研究者にとって多くの示唆を含むテキストである。

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